ドッキリ企画をする番組が大嫌いだ。
イタズラやセンスのないイジリで、相手を困らせて、不快にさせて、それで笑いにする勘違い野郎どもが大嫌いだ。
嫌な感情にさせて、不快な感覚を与えて、不愉快な事象を見せて、精神にネガティブなストレスを与えて、それが笑いとなると考える、その思考が大嫌いだ。
親しい間柄であっても、ちょっとしたものでも、イタズラや驚かせる行為をされると萎える。ただただ萎える。
口では「おい〜笑」となどと言うかもしれないが、心の内では正直引いている。困ること、嫌なことをされて、心に負担がかかって、どうしてそれで人が喜ぶと思っているのか?お前の株が下がるだけだ。
お前に心からの笑顔を向けることはもうない。
「たった一回で?」と思うかもしれないが、一回でもしてしまうということは、それが面白いと思う感覚があるということであり、これをしたら嫌に思うのでは?と想像できない頭であるということだ。
幼少期から大学生くらいまでなら、まだコミュニケーションの試行錯誤中であるから間違いもあるだろうと思う。
だが、いい大人でそれは、関わりたくない。
例えばTV番組で、ゲストに偽の収録内容を伝えておいて、実際はドッキリを仕掛ける、みたいなものを過去見たことがある。
伝えられた偽の内容について、そのゲストは事前にあれこれ考えていただろう。準備していたことがあるかもしれない。
その時間を返せ。
人の時間をなんだと思っているんだ。
想像しただけで怒りが湧いてくる。
こういったTV番組の企画はヤラセで、ゲストもドッキリであることを最初から承知なのかもしれないが、まぁ例えとしてここに挙げる。
実際にそんなことをされたら、と自分に置き換えるととても苦しい。騙された、という感覚を人に与えて何が楽しい?
そんな不快な気持ちになる企画はエンターテイメントではない。
「ノリが悪い」「冗談が通じないやつ」と言う奴らがきっといるだろう。そんな奴らは、人の気持ちを考えられない未熟な者たちだ。
人の嫌がることをする側がそんなことを主張できる訳がないだろう。
未熟な奴らの未熟な行為に合わせて、我慢して、笑顔を作って、水に流してやるまでの労力を、なぜ嫌なことをされた側がせねばならんのだ。
ノリが悪くて当たり前。ノリを合わせるということは、未熟な下の方に合わせることになる。
自分を下げる必要は、勿論ない。



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